5α還元酵素2型欠損症(5−ARD)とは何ですか?

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 5α還元酵素2型欠損症をはじめとした性分化疾患DSD)を持つ子どもや人々は、マンガやドラマのようなファンタジーのイメージではない、普通の男性もしくは女性として生きて生活していらっしゃいます。

 5α還元酵素2型欠損症(5ARD)は性分化疾患DSD)のひとつですが、5ARDの一部のように、生まれた時にDSDが判明せず、女の子として育てられ、思春期に男性のような二次性徴を迎えるといったようなDSDは極めて稀です。(また逆に、生まれた時に男の子で、思春期で女性のような二次性徴を迎えるといったDSDもほとんどありません)。

 5ARDをはじめとして、DSDを持つ子どもや人々、そしてそのご家族の皆さんのほとんどは、何よりも「男でも女でもない」「第3の性」「中性」「男性・女性を選べる人」をといった社会的偏見や誤解、好奇な目ににさらされることを常に恐れています。
「男でも女でもない」「中性」「第3の性」を称する・望む人々の大多数は、体には何の問題も持たない通常の男性もしくは女性の体を持った人々で、DSDを持つ人はほとんどいません。

DSDを持つ子どもや人々は、尿道の位置や陰茎の大きさ、陰核の大きさなどが、男性もしくは女性に一般的だとされる形・大きさと少し違っただけの子ども・人々であり、性同一性障害などの精神的な現象とは全く違うものです。(性同一性障害の人々は通常の男性もしくは女性の体の持ち主です)。

実際に、性別の変更をするDSDを持つ子どもや人々はほとんどいらっしゃいませんし、性別変更される場合でも、それはマンガのように「自由に性別を選べる」のではなく、子どもやご家族にとっては「自分でこれからの人生をどうしていくか選んでいかなくてはならない」ことなのです。

また、世間には、まるでDSDを持つ人々がそのように望んでいるかのように話す人もいますが、DSDを持つ人々やご家族で、「男性と女性の境界を無くしたい」「男女以外の性別を認めてほしい」という政治的意図を持つ人はほとんどいらっしゃいません。


メディアなどではセンセーショナルに伝えることがあり、残念ながらそれにつられて詮索的に好奇な目で見ようとする人々が社会にはいらっしゃいますが、どうか皆様には、そのような好奇な目や偏見・誤解の目で見るのではなく、むしろそのような社会的偏見・誤解を払拭いただけるよう、あたたかな目で見守っていただけるようお願い致します。
DSD全般については以下のサイトが詳しいです。ぜひ参考にして下さい。

ネクスDSDジャパン (性に関する様々な体の発達状態を持つ子どもと家族のための情報サイト)


 通常、胎児が遺伝子的に(46,XY染色体を持つ)男性の場合、胎児はどのように発達していくのでしょうか?胎児の発達の早期、原性腺(性腺になっていく細胞)が精巣に発達していきます。そしてその精巣はテストステロンを放出します。胎児の体は5α還元酵素2型(5−AR)と呼ばれる科学酵素を作り出し、5α還元酵素2型は、テストステロンの一部をジヒドロテストステロンに変換します。そして、そのジヒドロテストステロンが、男性のタイプの外性器を発達させるのです。

 一般的な男の子では、思春期に入ると、精巣が大量のテストステロンを生成します。(5α還元酵素2型は、思春期では体に影響を与えるテストステロンに何らの必要もありません)。そうして、男の子の体は男性の体へと成熟していくのです。男の子のペニスは大きくなり、声変わりが起きて、男性特有の顔つき、体毛、体つきに発達していきます。

 もし胎児が5α還元酵素2型欠損症を持っているという場合、それはその胎児の体に、5α還元酵素2型が無いことを意味します。そのため、発達の早期で、まず原性腺は精巣に発達しテストステロンを生成し始めるのですが、5α還元酵素2型が無いために、テストステロンがジヒドロテストステロンに変換されることはありません。その結果胎児の外性器は、女性の形のように形成されていくことになります。そういう子どもは、外性器は形成不全の状態か全く女性に特有の形をして生まれてくるのです。(5α還元酵素欠損症を持っている子どもは、女性だろうと思われて女性として育てられることもあります)。

 思春期になると、この子の精巣は大量のテストステロンを作り出します。(思春期では性的な成熟を促進するテストステロンに、5α還元酵素が必要ないことを思い出してください)。このためこの子どもは(どちらの性別で育てられていたかに関わらず)、男性に特有の思春期を迎えることになります。つまり、陰茎が大きくなってペニスのようになり、一般的な男性のような声になり、男性特有の顔つき、体毛、体つきになっていくのです。

頻度は正式な調査がされていないため分かりませんが、ドミニカ共和国ニューギニア、トルコでの発生頻度の多い地域の部族では、文化的に男性になることを習わしとしているところがあります。ですが、近代以降の自己決定を重んじる国・地域では、物心が付いて以降に5α還元酵素欠損症が判明した女の子の場合、そのまま女性として生きていくことを選択される方が約4割、男性に性別変更する人が約6割とされています。


5α還元酵素欠損症を持つお子さんのお母さんの体験談はこちらです。

境界を生きる:性分化疾患・決断のとき/上 「男子と女子、どっちがいい?」


◇思春期に男性化する疾患の長女、小4で告知受け混乱

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 昨年7月、大阪市の大阪警察病院。夏休みに入った小学4年の長女(当時9歳)に付き添い、関西地方の夫婦が小児科を受診した。「そろそろ私から本人に説明しましょうか」と切り出した望月貴博医師に、夫婦は顔を見合わせ黙ってうなずいた。病気のこと、受けることになるかもしれない性器の手術のことを話した後、医師は長女に尋ねた。

 「男の子にもなれるし、今のまま女の子を選ぶこともできる。どっちがいい?」。しばし流れる沈黙。父は「男と言ってくれ」と祈ったが、長女は消え入るような声で「女の子がいい」と答え、しくしく泣いた。

 父が「男」を願ったのには理由がある。

 夫婦には2人の子がいる。いずれも女の子と思っていたが5年前、陰核(クリトリス)の肥大などをきっかけに性分化疾患の一つ「5α還元酵素欠損症」とそろって診断された。性染色体はXYの男性型だが、ホルモンの異常が原因で男性器が発達せず生まれ、大半が出生時に女性と判定される。しかし2次性徴期になると、程度の差はあれ確実に男性化する特徴がある。

 日本では下腹部に隠れている精巣を摘出して女性ホルモン剤を服用する治療が行われてきたが、欧米では女性として育った人の多くが性別の違和感に悩み、約6割が男性に性別変更したとのデータもある。

 長女が思春期を迎えた時、声も体形も男性化し、小さめの陰茎(ペニス)ほどに陰核が育っていったら……。本人の驚きと戸惑いを想像すると胸が痛んだ。

 病気がわかったとき、望月医師から「将来、妊娠はできない。男性としてなら子を作れる可能性はある」と言われた。小学校入学が目前に迫り、ピカピカの赤いランドセルも準備していた。夫婦は入学を心待ちする長女を男の子に変える気持ちにはなれなかった。

 翌年、今度は次女の幼稚園入園が迫った。望月医師は「性別を変えるなら、新しい社会に入り人間関係も変わる今のタイミングがいい」と促した。1年前から悩み抜いてきた夫婦は、長女の時とは逆の決断をした。「出生時の性別判定は間違い」との診断書を家庭裁判所に提出し、入園直前に次女の戸籍は「長男」となり、名前も変わった。

 男の子になった弟はとても陰茎が小さく、立ち小便ができないため個室トイレしか使えない不便はあるが、学校生活を楽しんでいる。夫婦の心配は長女だ。制服以外はスカートをはかず、野球やサッカーが大好きで、遊び相手も男の子だ。

 父は「男性化が進んでも女の子でいたいというなら、人格を無視してまで性別を変えることなどできない。男の子を望むなら、誰も何も知らない町に転居して、再スタートする覚悟はできている」と唇をかむ。

    *

 主治医の望月医師にとっても、治療方針の決定は容易ではない。

 次女の入園が迫った時、性別をどうすべきかを症例の豊富な医師たちに尋ねたが、男の子に変えるのは反対だというメールが次々返ってきた。「ちんちんがあまりに小さく、将来コンプレックスになる」という率直な意見もあった。診断にかかわった藤田敬之助・大阪市総合医療センター元副院長も「思春期にどれだけ男性化するかは個人差がある。本人に性別を選ばせたいので、留保してはどうかと伝えた」と振り返る。

 望月医師は「絶対的な答えがあるわけではないが、私はより新しい国際的な知見を重視した。時代は変わってきているのです」と胸を張る。長女については、男性的な2次性徴が始まったら薬でいったん止め、本人に考える猶予を与える治療法を検討している。

    *

◆関西地方の夫婦が次女の性別選択で考慮した点(望月医師の説明による)

 ◇女性の場合

子宮と卵巣はなく膣(ちつ)も不完全

外陰部や膣の形成は男児にする場合より容易

妊娠できない

精巣を放置すれば思春期に男性化する可能性

乳房の発達などのため女性ホルモンの内服が生涯必要

 ◇男性の場合

精巣はある

外陰部の形成は女児にする場合より難しい

子どもが作れる可能性

思春期に自然に男性化する可能性

陰茎が小さいままの可能性


−−「境界を生きる:性分化疾患・決断のとき/上 『男子と女子、どっちがいい?』」
毎日新聞』2011年10月17日(月)付